'04 秋田内陸リゾートカップ 100キロチャレンジマラソン              完走記

 平成10年に心臓発作(心房細動)となり、カウンターショックで治す。その時は2度とマラソンは無理だろうと思っていたが、6週間後には東山マラソンで当時、小学6年生の息子と3キロペアマラソンで復帰することができた。そのころから走友会の多くのメンバーがウルトラマラソンに傾注するようになり、俺もお誘いを受けたが頑なに拒み続けてきた。しかしその後も飲み会の度に「ウルトラは楽しいよ」「ウルトラを完走したら人生観が変わるよ」等としつこいものだから平成14年に「1回だけ走ろう」と決心、どうせ走るのなら100キロマラソンで一番キツイコースと言われている「野辺山ウルトラマラソン」を選んだ。しかし妻は4年前の心臓発作があるものだから許してはくれなかった。「1回だけ」と、なんとか説得して出場し、完走することができた。これでもう100キロは走らなくて済むと安心していたら、また走友会のメンバーから「秋田は野辺山と違ってコースも楽だし、沿道の応援も多く、楽しいから走ろう」と誘われるも、その手には乗らなかった。しかしsusumuさんから「100キロでサブテン(10時間以内でゴールすること)になれば、フルマラソンのザブスリーそして富士登山競走の時間内完走でランナーのグランドスラムになるから秋田を走ろう」との誘いに心が揺らいで、新年会で酔った勢いで秋田を走り、サブテンを達成することを宣言してしまった! 妻からは「100キロは1回きりと約束したのに!」と猛反対されたので、それを無視しての参加となった。月間の走行距離は200キロぐらいで走りこみ不足が不安だったが、大会2週間前の蔵王合宿で気持ちよく5時間走ができたので完走はできると確信したが、サブテンの自信は50%だった。

無断複製禁止の表示がなかったので
大会プログラムからコピーしました。

妻曰く、「こんなの邪魔だからキャンプの時のまな板として使おう」だと。日本酒は端麗でうまかった!

鶴巣PA名物「納豆そば」

前夜祭で、そばが美味しかった。

広くてきれいでした。

 大会前日は13時まで仕事だったが、16時からの前夜祭に出ようと、12時に早退して仙台を出発した。途中鶴巣PAの「納豆そば」を食べ、鬼首〜雄勝経由で湯沢から高速に乗り16時少し前に会場に到着した。走友会の皆さんにお会いでき、「さあ前夜祭だ!」と思いきや、挨拶が長くて乾杯となったのは16時30分を過ぎていた。(もう少しゆっくり来ればよかった)つまみと飲み物は少なくバトル状態だった。しかし、そばはたくさんあり2杯いただいた。旅館に泊まる方を見送りして、俺は「かくのだて温泉」にゆっくり浸かり、食堂を探したが適当なところがなくコンビ二もなかったので、スーパーの惣菜コーナーの弁当とビールを購入し、車で食べた。明日の準備をして8時半に就寝。(旅館だと2時起床、2時半朝食と聞いていたのでゆっくりできないから俺は車に寝て正解だと思った。登山や蔵王合宿で車での泊まり経験済み)

スタート20分前、少し寒い

スタートゲートをバックに

 大会当日、3時半起床。トイレが混んでおり、当日受付をしたのはスタート20分前だった。走友会の皆さんに挨拶をしてスタータラインに並んだ。皆んな気合が入って奇声を発している。5時に花火が上がりスタート、まだ暗い角館の街中を走る。早朝から沿道にたくさんの方が応援してくれた。薄明かりの中の武家屋敷が幻想的で、こんな観光もいいかなと思った。途中、親方とyokoさんと話しながら並走し、10キロの通過は57分だった。予定では55分で後半のペースダウンを考えれば遅いかなと思ったが、野辺山の時も最初の10キロはゆっくり入り、成功したので、まずまずのスタートだ。
 20キロあたりから尿意をもよおし、お腹の調子も悪くなってきた。24キロのエードで仮設トイレを発見し入ろうとしたら、地元のおばさんが入るのが見えた。「ガーン!おばさんはj自分の家で用をたしてよ!」待っている時間がもったいないので次のエードまで我慢することにした。しかし、ますます苦しくなり、しかたなく脇道に入って立ちション、身震いするほど気持ちよかった。こんな時女性ランナーはどうしているのだろう?ふと疑問に思った。

無理やり?ツーショット

箸でつまんでいるのがナメコ

 このコース最大の難所である大覚野峠の手前のエードにナメコ汁があった。教祖はそれにご飯を入れて雑炊のようにして流し込むという話を聞いていたので、試してみたらこれが美味い!まだあまりお腹が空いていなかったので1杯だけにしたが、後半のガス欠に備えもう2杯ほど食べておけば良かったと後悔する。

大覚野峠の急な登り坂

住吉台のsuzukiさん

40キロ地点でsuzukiさんに撮っていただく

このトンネルを越えると50キロまで下り

 大覚野峠は思ったほどキツく感じなかった。40キロ手前で住吉台のsuzukiさんに追いつく、彼もサブテンが目標だが、脚が痛いそうだ。写真を撮っていただいて、お先に失礼した。トンネルを超えると今度は問題の下りだ。昨年はここでharadaさんが飛ばし過ぎて60キロでリタイヤした。ウルトラは下りをいかにダメージなく走るかがポイントのようだ。俺は慎重に下り、中間地点に4時間40分で到着、予定どおりである。この時は疲労感は全くなく、内心「野辺山に比べたらへなちょこコース、簡単にサブテンだ!」と甘い考えを持つ。

中間地点のエードにて

しかし、ウルトラマラソンは50キロを過ぎてからが本番なのだ。パンフレットのコース高低図を見ると90キロに登りがあるが、あとは全体的に下りと思い込んだのが失敗だった。結構アップダウンがあり、追い討ちをかけるように気温が25度を超えてきた。暑くて給水所の度に頭から水をかぶる。水分は補給していたが、すでに脱水症状となり、60キロから70キロのエードでは固形物は受けつけなくなった。

名物「しそジュース」

69キロ地点のエードにて

 そこに救いの女神か、ウルトラの先輩に評判の「しそジュース」エードだ!噂どおり美味しく2杯ごちそうになり、少し元気になった。そして北緯40度のゲートをグリコのポーズで通過した。元気なのはこの時だけで、しだいに足取りが重くなるばかりだった。食べ物を受けつけないからガス欠になってしまったのだ。80キロ手前の給水所からついに歩いてしまった。50mほど歩いたろうか、今回女子4位に入賞したkonishiさんに抜かれる。抜く時、俺に「エネルギー切れ?」と声を掛けてくれた。そこで「俺には秘密兵器のセクハラ走法があったではないか!」 いきなり奮起して、追いつこうと走りだした。
 81キロのエードで、パンをサイダーで流し込んだ。走友会のウルトラの先輩が「後半のコーラがいいから飲め」と聞かされていたが、炭酸は大丈夫なのか半信半疑だった。今回コーラがなかったのでサイダーで試してみたら、魔法の水だった。炭酸で気分爽快になり、サイダーの甘みがエネルギーになったのだ。これで復活した。

スイカもおいしかった!

本当に秋田は美人が多い!

 復活した俺はエードの度にボランテアの皆さんとふれあい、本当に楽しく走ることができた。その度に写真を撮ったり、撮って頂いたりした訳だが、これに要した時間はトータルすれば10分以上かかったと思う。そんなことをしなければ順位とタイムがもっと良かったかもしれない、しかし俺は順位やタイムよりも、これらの写真の方がずっと、ずっと貴重で宝物になりました。

バーベキューに飛び入り参加、ビールをいただく

92キロのエードで秋田おばこ達と

 調子は絶好調で、沿道でバーベキューをしてるグループから「飲んでいかなか?」と声を掛けられたので、飲べえの俺は断りきれず飛び入り参加し、ビールをごちそうになった。92キロのエードで教祖を発見!実は70キロのエードで追いついたのだが、教祖がそこからペースアップして、また離されてしまった。俺が思うにこのペースアップがいけなかったのでは?ウルトラの初心者の春夫に負けたくないというプライドでしょうか?いやいや教祖にそんなことを言ったらバチがあたる、抜いて失礼しました。

教祖の背中

トンネルを越えると鷹巣の町が見える

 ビールを飲んだら一段と元気が出て、トンネルを抜けるて、あと4キロにさしかかった時、鷹巣の町が見えた。(後方の山は太平山かな) 「やっとここまで来たんだ」という安堵感からか、足にきた! ビールパワーは即効性はあるが長く続かず、あとのダメージが大きいことを身をもって体験した。いや、やっぱり教祖を抜いたバチがあたってしまったのか?最後のエード(96.5キロ)地点で時計を確認した。サブテンまで、あと35分の余裕がある。歩かなければ達成できる!脚は棒のようだったが、ゆっくり走りだした。5人ぐらいに抜かれたが順位はどうでもいい、目標はサブテンだ!一歩、一歩ゴールを目指し、商店街に入った。そこで「ゼッケン番号588○○春夫さん、商店街に入りました」とのアナウンス!いや〜、これには感動しました!とどめはゴール地点での鷹巣名物、巨大な太鼓が迎えてくれた。

最後のエードにて

ゴール地点の大太鼓が迎えてくれた

 ゴールゲートの時計が9時間52分であることを確認して、ついにゴール!住吉台のsuzukiさんの奥様と教祖の奥様に祝福していただいた。ゴール後高校生のボランテアが2人で疲れた脚をアイシングしてくれた。(極楽・ごくらく) あまりの気持ち良さに放心状態になっていたらyokoさんがゴールしているではないか!女子9位、しかもサブテンだ。(脱帽・・・) セクハラ走法をさせてもらった女子4位のkonishiさんと女子8位のmatsumotoさん、それから住吉台のsuzukiさん(今回は惜しくもサブテンに5分オーバー) とで写真をパチリ。 (konishiさんのファンになりそう!)

konishiさん

matsumotoさん

 それから銭湯で汗を流す。疲れを取ろうと少し長湯をして、着替えようとしたら眩暈がした。完全にのぼせてしまった!気持ち悪い→立っていられない→床にうずくまる→7分後に回復→びん入り牛乳を左手を腰にイッキに飲み干す→ウマイ!
 後夜祭会場に戻ったが、まだビールを飲む気になれなかった。kitayamaさんは自分の年齢と同じ距離を目標にされて、みごとに達成しビールをおいしそうに飲まれていた。考えてみたら俺がサブテンを達成するよりも68歳で70キロ走るほうがすごいことだと思う。yoshikawaさんは10時間40分でゴールし、そのまま飛行機で名古屋に行かれた。toshio先生は明日学校行事で泉ヶ岳登山だそうだ。〈ご苦労さまです)tsudaさん救急車体験大変でしたが、大事に至らなくて良かった。えちごでの完走を祈っております。
 俺は何とか体調が回復し、恐る恐るビールを飲んでみた。ん〜んウマイ!おでん、きりたんぽ汁、うどんもいただいた。結局、ビール3杯半もいただいて満足、満足。
 今晩の宿は走友会の皆さんと角館の雲沢温泉に泊まることにした。バスとワゴン車で今日、走ったコールを戻ることになる。車でも2時間以上かかるのだから、いかに長い距離か分かる。fudaさんは気分がすぐれず苦しそうだったが、アイスクリームを食べてから幾分、回復したようだった。
 宿に到着後、反省会をやったが、俺はもう飲む気にはなれなかった。
 翌朝、朝風呂に入り、俺はごはんをお代わりして、モリモリ食べたが、kaoriさんとyokoさんが喉が痛くて食べれないという。10時間以上スーハースーハー呼吸をするとなるらしい。なんともない俺の喉は鈍感なのかな?

七代目 佐藤養助本店

ざるとかけの相盛り

 帰路の途中、有名な稲庭うどん「7代目 佐藤養助本店」で早めの昼食にした。moriさんのお薦めで、かけうどんとざるうどんの両方が楽しめるものにした。そば通の春夫の正直な感想は「ん〜ん、分らない?」たしかに繊細なコシと喉越しまでは分るのだが、いつも食べている広島産のうどんや太くてコシのある讃岐うどんも捨てがたい。つまり個人の好みなんだ。ただ、かけうどんとざるうどんの出てきた順番だが、かけ→ざるだった。そばの世界では、ざるを食べてからそば湯でお腹を暖めて締めるのだが、納得いかないからアンケート用紙に書いてきた。

露天風呂を独り占め 極楽です

もうひとつの露天風呂 広い!

 稲庭うどんを食べたところで、他の皆さんは須川温泉に行かれるとのこと。温泉通の俺は今まで行ったことのない「泥湯温泉」に行きたかったので別行動となる。最初に河原毛地獄を見物しようと行ってみたが、かなり歩くようで「とても歩けない」と判断し、引き返した。入湯料500円也を払うと露天風呂は2箇所あり、両方入れるとのことだった。最初は狭い方に入り、他に誰も入っていなかったのでゆっくりと浸かり、湯船の脇で寝転んでリラックス。そうしたら男性客が一人入ってきた。日焼けをして、脚を痛そうに引きずりながら入ってきた。秋田100キロに参加した人だと一発で分り、聞いてみるとそのとおり、50歳台の福島の方で7月には夜叉が池も走られ完走したそうだが、今回は80キロでリタイアされたそうだ。それからもうひとつの露天風呂に入ったが、これがまた広い!100人が一度に入れそうだった。
 鬼首〜岩出山経由で17時に帰宅。 疲れたが充実した2日間だった。

ヤッター!