私は趣味でマラソン、そば打ち、登山を楽しんでいるが、今年はサッパリだ。
マラソンでは昨年、野辺山で100キロを完走し、そば打ちはプロ並みに打てる
ようになった。そして登山では昨年、東北100名山を完登したことから今年は
まったく目標がなかった。
 8月24日ナスパで木村先生指導の練習会があった。昨年は1キロを3分20秒
台で走れたのに今年は3分40秒台だった。全然トレーニングしていなかったの
で当然の結果なのだが、大ショックだった。
 何か目標はないかと模索していたら、今年の東京国際女子マラソンは25回の
記念大会で市民マラソンも同時開催するという、参加資格はフル3時間15分、
ハーフ1時間30分、何とかクリアできたので「目標決定!」すぐ申し込んだ。
 本番まで2ヶ月半しかない。てっとり早いトレーニングは大会に出場すればよい
と思い、松島、市民、前沢と立て続けて走った。そこそこの結果だったので本番
は何とか完走はできるだろうと、安易に考えていた。

 当日、仙台を朝7時6分発の新幹線で出発し、10時前には国立競技場に着い
た。スタートはまで2時間半もある、ウォームアップをしない作戦だったので神宮
外苑を散策してたら、林教祖に会った。教祖は昨夜飲みすぎたようで、二日酔い
だった。菅野まさえさんは国体で支給された「宮城県」のロゴ入りのランニングで
走るそうだ。(国体では主催者が提供したTシャツ着用が義務付けられたようで
今回、初めて着るそうだ。)近くには「六本木ヒルズ」がそびえ建ち、東京のど真
ん中を走れることに幸せを感じた。
 朝食は6時だったのでエネルギー補充をした。カステラ、バナナ、大福もち、ア
ミノバイタルをバームで飲み干し、ガス欠することないと思った。念入りにストレッチ
をして、女子のスタートの模様を競技場の観客席から見た、高橋尚子が出てくると
ものすごい歓声だ。上空にはヘリが4機飛んでおり、この大会の注目度を感じさせ
られた。急いで市民マラソンのスタート地点に並ぶと、隣の選手は宮城UMCの
内海豊次郎さんだった。内海さんは仙台ハーフに第1回大会から参加されて、今
年の大会は俺とデットヒートをしたライバルだ。ところが年齢を聞いてびっくり62歳
だった、恐れ入りました!

 俺のゼッケンは2903番で、男子は2001番から3962番までとちょうど真ん中から
のスタートとなった。道路が狭くスタートラインを越すのに30秒かかった。最後尾の
選手は1分以上はかかるだろうから、5キロの関門の23分は厳しい設定だ。たぶん
多くの選手が足切りとなるだるう。最初の5キロは下り坂のせいか、楽に走ることが
できたが、暑い!アップしなかったため汗が吹き出した。なんとこの日の気温は25
度まで上昇したそうだ。5キロ地点で教祖を発見、声をかけたら「駄目だ!」と言って
歩き出してしまった。後から聞いたら不整脈になったそうだ。教祖も人間なんだな。
そして待ちに待った給水ポイントだったが、なんと水がないないのです!ゼネ
ラルテーブルは30卓準備されていたが、2000名の集団には人手が足りないのだ。
予想外の気温になってしまったが、主催者側の落ち度としか言いようがない。結局
給水できずがっかりしていたら、運良くゲットした隣の選手が分けてくれた。ランナー
の優しさを感じたがほんの一口だけで喉の渇きを癒すことはできなかった。マイペー
スで自分の設定タイムどおり10キロ地点を通過。そして待望の給水ポイントだが、な
んと5キロの給水ポイントと同じ状況で水がない!ここで給水しなければ脱水になっ
てしまうと思い、テーブルの後ろにあるポリバケツの水をひしゃくですくって飲んだ。
同じような選手で給水所はバトル状態だった。それでも喉が渇き、17キロのスポンジ
ポイントでスポンジの水を吸った。ところが変な味と臭いで気持ち悪くなる。

 17キロ付近でQちゃんを発見ぶっちぎりのトップで快調に飛ばしていた。テレビカメラ
が俺のほうを向いていたのでピースサインをしたが、カットされていた。しかし快調に飛
ばしていたQちゃんもその直後に異変を感じ35キロから地獄を見ることになる。俺は20
キロ地点も俺の設定時間通りで通過した。これでなんとか完走できると思い、緊張感
がとけたのか急に腹が痛くなり、2日前に娘から蹴られた太腿も痛み出した。折り返し
地点で後続を確認した。スタートからほとんど順位に変動がないと思っていたので、俺
の後方には1,000名の選手がいるはずだが、500名もいないような気がする。というこ
とは残り500名の選手はアウトしたことになる・・・。こんなことを考えていると「自分もリ
タイヤしてしまうのでは」と不安がよぎり、ペースダウンをしてしまった。25キロの通過
は予定より2分遅れて、5キロを24分もかかってしまった。35キロからの上り坂を考える
と、体調が回復しない限りレッドサインだ!しかしこの辺から女子の選手に追いつくよう
になり、得意のセクハラ走法が発揮できるかと期待した。しかし標的となるべき選手が
いない!これら女子の選手は男子より15分前にスタートし、ここで俺と走っているという
ことは当然俺よりもペースが遅いので、セクハラ走法をしていたらますます俺のペース
が遅くなるのだ。お腹の調子はますます悪く、わき腹を押さえながらの走りとなる。

 この最悪の状況を改善すべく、30キロ地点のトイレに駆け込んだ。下痢でもしている
のかと思ったが出なかった。1分近くしゃがんでトイレからでたら、「関門時間まであと
30秒!」とのコール。ガーン!今までの貯金は全部使い果たし、この5キロに27分も
かかってしまったのだ。このペースで走れば35キロの関門でアウトになるのは確実だ。
ここでリタイヤしたほうが賢明かもしれないと考えた。しかし他の選手は必死になって
走っているし、沿道には多くの応援してくれてる方がいる。ましてまだアウトを宣告され
た訳ではないから走れるのだ。走りたくても走れない仲間のためにもこの東京のコース
を最後まで走るのが俺の使命と感じ、35キロまで行くこと決意した。ある女性選手は体
を斜めにしてフラフラになりながら走っている。完全な脱水症状なのだ。俺の脚はもう
棒のようになってしまった。ガス欠ではない、俺も脱水症状なのだ。今までのフルマラ
ソンの時は給水は5キロごとにスポーツドリンクを飲んでいた。しかし今回はスポーツド
リンクはおろか、水もなかったのだ。今回、女子の選手の完走率が高かったらしい。そ
れは15分前にスタートしてるから関門に余裕があるし、給水ができたからに他ならない。
左手に皇居を眺めながら走るが、だんだん走る気力がなくなってしまって、ついに歩き
だした。あの野辺山の地獄坂「馬越峠」さえ走り切った俺が情けない。

 ようやく35キロの関門が見えてきた、関門時間を過ぎていたのは分かっていたが、
なんとそこに待っていたのは大きな「×印」、マラソンを始めて初めてのリタイヤでショ
ックだった。しかしこれが現実なのだ、ゼッケンをはずして収容バスの方向に移動した。
ところが、すでにバスは満員の状態で外に待たされた。その数100名以上、すぐもう
1台のバスが来るのかなと思っていたが全然来ない。それよりも水もなければ、毛布
もない。足が痙攣して泣き叫んでいる選手、気分が悪くなり横になる選手等いたが
救護員がいない!バスに乗れなかった選手は喉の渇きと寒さに震えながら体を寄せ
合った。係員は携帯で本部と連絡をしているが、予想外のことでどうにもならないよう。
結局、40分以上待たされて「タクシーに分乗して国立競技場の正面玄関に移動してく
ださい。料金は主催者の着払いにしてください。」との事。ところがタクシーがつかまら
ないのだ。10分近くかかってようやくタクシーをゲット、ランニング姿の我々に運転手さ
んはいやな顔をした。信号で交差点に止まると、若者が我々を指差して大笑いをして
いた。惨めだった・・・・交通規制と渋滞でなかなか着かない、途中気持ち悪くなった
が必死に我慢した。45分程かかってようやく到着、あたりは薄暗くなっていた。着替え
ている時にまた気持ち悪くなり、トイレでゲロした。これですっきりして参加賞のスポー
ツタオルをもらってから帰路についた。ところが総武線の中でまたムカムカしてきた。
新幹線の時間もあったのでとにかく東京駅に移動した。「はやて」、「こまち」号に乗
ろうと思ったが全席指定席で満席、デッキでもいいかなと思ったがこの体調では無理
と判断、次の「やまびこ」の自由席に並んだ。食欲はなかったが、ビールとつまみ、そ
して、もしかして腹がすいたら思い大好物のさば寿司を買った。同じ列に同じレースを
走った若者4人組がビールで乾杯して「うめー!」と言った。ならば俺もと真似して飲ん
でみたら、これがまた美味いのだ。さきほどまでの気持ち悪さは吹っ飛び、さば寿司の
味も最高だった。   腹へってたんだな・・・


  結果

キロ 関門時間 目標タイム 結果
23分 21分30秒 21分12秒
10 46分 43分00秒 42分19秒
15 1時間09分 1時間04分30秒 1時間04分10秒
20 1時間32分 1時間26分00秒 1時間26分23秒
25 1時間55分 1時間48分00秒 1時間50分25秒
30 2時間18分 2時間10分00秒 2時間17分40秒
35 2時間42分 2時間32分30秒 2時間47分48秒
40 3時間08分 2時間55分30秒 リタイヤ
ゴール 3時間20分 3時間05分00秒

参加のきっかけ

スタート前

いざスタート

異変発生

地獄の苦しみ

ついに・・・・
H.15.11.16